EUROMONO-LOG_2006


最も美しい金

 ローマの試合を見そびれたおかげで、トリノ五輪の女子フィギュアをテレビで見ることができました。ミキティの演技はすでに終わっていました(何をやったかはiモードで知った)が、荒川選手と村主選手の演技を見ることができました。イタリア語の放送ですが実況からも映像からも荒川選手の演技の素晴らしさは十分伝わってきました。「これは行けるかも」とはっきりわかりました。そのあと他の選手の不幸もあって、金メダル確定。自分もたまたま遊びとはいえ同じイタリアにいたこともあって余計に感動しました。
 最も美しい金メダルでした。長袖の衣装と落ち着いた選曲が優雅な演技を存分に引き出した勝利だったと思います。(すみません、にわかです)
 同じイタリアに居た、行ったからこそ感じるのは、やれメダルがない、ゴールがない、と日本から遠吠えされても、たとえそれが事実であり、選手たちはそのことを十分意識しているにしても、「ここに居ない人にあーだこーだ言われたってな」としか受け止められないな、と「行った者の論理」ではそうなるんじゃないかという気がしました。もちろん選手たちはもっと謙虚で気高いでしょうが、心のそこのどこかには「言うは易し」という思いがあるかもしれません。
 荒川選手の演技、寿司のミドル…「私は、オレは、ここに居る」そんなメッセージを感じました。
 セリエだプレミアだエスパだと知識や理論が豊富な方も、いやそんな方こそもし一度も生で見たことがないのであれば、一度ツアーでも何でも、現地に行ってみるべきでしょう。それだけで言葉の重みは相当増します。

(2006.04.09)

ミステイク

 23日は実はローマ対ブルージュのUEFAカップの試合があり、どうせデルビー前で客も入らないだろうし当日券をさくっと買ってみようと思っていたのですが、本当に不人気であることをクラブ側も見込んだらしく、チケットの販売は前売りのみ、当日券の会場販売はなし、という予想外の展開で、オリンピコの中に入ることができませんでした。○| ̄|_
 ダフ屋も少ないながらもいましたが、そんな試合のチケットなので真贋も怪しい気がしたので手を出さずあきらめて撤退しました。
 自分としたことが本当に迂闊でした。またこなければならないじゃないか、ローマよ。
 もちろん翌日、トレビの泉に行って後ろ向きでコインを泉へ放り投げました。

ポンペイ

 スペインの次はイタリアです。スペインと同じく11年ぶりの訪問で、ベースとなるローマは初めての滞在です。世界遺産好きの私としては試合観戦やスタジアム訪問と調整しながらベタに観光するのも好きなので、今回の旅行ではスペインとイタリア合せて5か所の世界遺産を訪問した形になります。バレンシア、バチカン、ローマ、ナポリ、ポンペイですが、やはりすごかったのはポンペイでした。ローマ滞在の折1日使ってナポリのサンパオロとサンタルチア、そしてポンペイと例によって駆け足で回りました。
 この遺跡の大きな特徴は政治施設や美術様式といった要素を超越し、生活の痕跡をとどめていることでしょう。台所や店先や水道…。生活を偲ばせる数々のアーティクルはポンペイをチラ見しただけの凡人の私にも生と死というテーマを投げかけてきます。身近な人がこの世を去ったりすると、自分が今こうして生きていることが偶然であることを思い知らされるようにポンペイでも偶然の生とその尊さを感じずに入られませんでした。
 すみません。2時間弱の滞在でえらそうなこと書いちゃって。

(2006.04.02)

ゲルニカ

 マドリードを発つ前に、どこかマドリードらしさを感じさせる所をいくつか見ておきたいと思い、ガイドを眺めていたら、「ゲルニカ」というフレーズが目に入りました。
「見なきゃ」
 レアル戦前の夕方に訪問したら「Closed」。アーセナルサポーターを警戒でもしたのでしょうか。で翌日再挑戦。フライトまで時間がなく、本当に駆け足でした。館内で迷子になりながらようやくゲルニカを見ることができました。
 「よし、見たぞ」と頷いていると施設の男性がなんか笑っていました。で、駆け足だったのでホント、ゲルニカを見ただけで、ダリもミロも全然見ませんでした。もったいないけど仕方ありません。
 そんなわけで、急いでホテルに戻る途中でアクシデント発生。エスカレーターでつまずいて転び、鼻と額に傷を負ってしまいました。日本での今までの疲れ、こちらに来てからの疲れ、相当あったんだと思います。かなり目立ちます。クワトロ・バジーナみたいでちょっとかっこいいなと思わないでもありませんが、そう思っているのは間違いなく私一人だけです。とりあえず「この傷はアムロ・レイとの戦いで負ったものだ」と言ってはいますが、「マドリードでセニョリータに(ry」とでも言われそうです。
そんなにいいことはなかったとです。

(2006.03.29)

驕るなかれ 銀河系軍団

 レアルーアーセナルの試合ですが、レアルは前から感じていたのですが、乱暴に言えば各選手が個々の力量だけを糧として即興でサッカーをやっているようでした。だからパスの出し手と受け手の意図するところが噛み合わず、無人の方向にパスが出てしまうケースが何度もありました。
 また、チャンピオンズリーグのテーマもろくに流さず、かといってハラ・マドリーを歌うわけでもない。ハーフタイムもI will Surviveのリミックスを流したり、選手の呼び方だけでなく、試合運営も勝手に銀河系という感じでした。
 サポーターも然り。アーセナルのアンリにゴールを決められてからも、じきに追いつけるに決まっているとでも思っているのか、この1点がレアルにとってしゃれにならないものだという認識は欠けており相手ボールになったりすることに対するブーイングばかり一丁前でそのボールを取り返すために選手を叱咤する風でもありませんでした。なんか「自分が王者。上から目線」という決して確かなものではない前提で選手もクラブもサポーターも動いているような印象でした。
 これは長い歴史の中で築き上げられてきたものであり、これからも変わることのないものなのでしょう。そして栄光と挫折と没落と再興を繰り返し続けていくのでしょう。しかしこの日に限っていえば、内容も実力も、アーセナルの方が上でした。ただ、レアルにも一人だけアーセナルを見くびったりすることもなく不利な状況を理解し必死で戦っている選手がいました。デビッド・ベッカムです。頭から飛び込んだりラインを割りそうなボールに見事追いついてマイナスで折り返したりと孤軍奮闘していたのですが、他の選手はそれを見て何かを感じているのかどうかもわからず、結局レアルは0−1でアーセナルに屈しました。
 でも、次やってみるとわからないんですよね、サッカーって…。私的には、レアルのガチをサンチャゴ・ベルナベウで見られたことが一番の収穫でした。
 そして、銀河系軍団は星屑と消え去りました。

(2006.03.26)

ガナーズサポーター

 イングランドのサポーターは代表、クラブ問わず本当にどこにでも押しかけてきます。サンチャゴ・ベルナベウのスタジアムツアーでも居ましたし、泊まったホテルにも居ました。そしてCL当日の昼間にバレンシアまでいってメスタージャを見てきた帰りの電車にも彼らは居ました。どこに行ってたんだろう、メスタージャにはいなかったけど…。
 人数は多くなかったので全体的にはおとなしかったのですが(歌は唄っていたが)、その中の2人と席が向かい合わせになり、私はほとんど話さず私の隣のスペイン人の英語の教師らしき人と話しをしていました。
 電車がマドリードに到着し、みな降りる準備をしているとき、私は彼らに声をかけました。「Good Luck Gunners」。彼らは一瞬驚いた様子で「この日本人はアーセナルの愛称も知っているのか」という表情をしていたのですがすぐに「Thanks」と応えてくれました。そして私は「See you again tonight at Santiago Bernabeu」と言い、彼らと握手をして別れました。
 社交辞令であり、特にアーセナルを応援していたわけではなかったのですが、結果的に彼らには幸運が訪れる形となりました。そして、今年のCLはガナーズを推そうという気持ちになりました。
 ただ、CL観戦の場合、対戦相手がイングランド勢(あとバイエルンか)だとサポーターが大挙して来るせいで量的にも価格的にもチケットの入手が難しくなり、マターリ見たい方にはあまりお薦めできないと感じました。

(2006.03.22)

ベルナベウのスーパーにて

 ドイツを離れ、次の目的地はスペインです。11年前、ツアーでバルセロナに1泊して以来の訪問です。
 今回滞在したマドリードでは、チタマの歩き方なんかを見ると「スリ、置き引き、強盗、サギ、ボッタクリ」の事例がいろんな手口で紹介されていて、そんなにおっそろしいところなのかよと結構身構えていたのですが、たまたまめぐり合わせがよかったのか危険な目には全く遭いませんでした。地下鉄の窓ガラスに映った自分の顔は、疲弊のせいか加齢のせいかはわかりませんが、確かに険しく、誰も襲って来そうにはありませんでした。「老けたなあ。」さすがに一人で暗いところや風俗街のような危険なところに自ら足を踏み入れたりしなかったというのもありますが…。
 街の中も交通網も思ったよりも整然としていて、地下鉄も便利でトラブルもなく、幹線鉄道の切符もマドリード・アトーチャ駅にはパソコンとタッチパネルを使った券売機があり、スペイン語でしたがWEBで何度か練習していた甲斐あって簡単に予約ができました。窓口に並びたくなかったので大変ありがたかったです(要クレジットカード&暗証番号)。切符が印刷されてくるのを見て「自分スゲー。天才かも。」なんて思ってしまいました。人々も親切で大らかで、とても過ごしやすかったです。ホテルでも30分チェックインを繰上げしてくれました。
 レアル・マドリードのホーム、サンチャゴ、ベルナベウの隣のスーパーで水やらビールやら買出しして、レジのすいているところに並ぶのが超下手な私はいつものようにカート山盛りの親子連れの後ろに並んでしまい、5分は待たされ、日本にいるときはささくれ立って「全く何だよそんなに買いだめしてんじゃねーよ」なんて思ってしまうのですが、今は休暇ですし外国ですしカリカリせず大らかに行こうと思い気長に待っていると、ようやく読み取りが終わって出てきたレシートが1m以上はあり、お母さんはそのレシートをだらーんと娘にかけているのを見て私もレジのおばさんもつい吹き出してしまいました。お母さんも笑っていました。気の持ちようによって旅の楽しさも変わってくることを実感した出来事でした。
 私の支払いが終わった後、袋に入れるのを手伝ってくれたレジのおばさんに「Gracias」と声をかけたら、さっきの出来事へのリアクションの印象が良かったのかニッコリ「Gracias」と返してくれました。
 すごく良い国だなと感じました。そして、もっとじっくりと回ってみるべき国だと思いました。いつかスペインだけをターゲットとした旅行ができればと思います。アンダルシアやスペイン北部など、見てみたいところ、行ってみたいスタジアムは、まだまだたっくさんあります。

(2006.03.19)

スシの存在証明

 フランクフルトでのブンデスリーガ観戦でしたが、相手は偶然にも高原(以下「寿司」という)が所属するハンブルガーSV(以下「HSV」という)でした。
 一時期は移籍の話題も出ていたようですがHSVはケガ人続出ということで彼の出番も徐々に増え、この日はなんと先発出場でした(ちなみにフランクフルトにはクルマ監督の息子さんの車ドゥリがいました)。もちろん、寿司がゴールを決めるなどとは露ほどにも思いません。
 しかし、実力的にはHSVの方がだいぶ上で、フランクフルトはパスミスも多くスタンドからはため息が続く状態でまだJの上位チームのほうが技術も高そう、ということでHSVが先制しました。
 寿司ははじめのうちはそんなに悪い出来ではなく、よくつぶれ役とかになって機能していたのですが、一度重大なミスを犯してしまいます。1点モノの自殺パスを出してしまったのです。センターサークルの自陣側あたりでポストとしてボールを受けた寿司でしたが、サイドの上がりを待てばいいのにボールを下げ、このボールが中途半端でキレイに相手にわたり、ペナまで入られ相手の決定機を招いてしまいます。
 このプレー自体で失点したわけではなかったのですが、このプレーをきっかけに流れがフランクフルトに行ってしまい、その後すぐ同点に追いつかれてしまいました。流れを移すミスをしてしまったのは紛れもなく寿司だったと思います。
 「後半開始から変えられちゃうかなぁ…」そんな風に見ていましたが、後半も彼はピッチにいました。そして、寿司はペナのちょっと外から1本だけ強烈なミドルを放ちました。キーパーの届く範囲であり、パンチングで逃れられましたが、今度はこのミドルがHSVに流れを呼び込み、一連の攻撃ターンの中で突き放す2点目が入りました。得点のきっかけとなる流れを持ってくるシュートを放ったのは紛れもなく寿司だったのです。
 露ほどにも期待していなかった自分が悪いのかどうかはわかりません。というわけで案の定寿司は無得点でしたが、後半40分まで出場した寿司を見ることができてとても嬉しかったし、満足しました。寿司もがんばってるんだなってわかったから…。あのシュートから、「オレはここにいる!」というメッセージが伝わってきました。
 スコアは2−1。HSVの勝利でした。
寿司の頑張りに敬意を表し、スタジアムからの帰り、フランクフルト中央駅にあるフードコートで寿司を買ってホテルの部屋で食べました。
 ホテルに着いたら、2日遅れの荷物が届いていました。

(2006.03.15)

気を取り直して

 荷物が届くという段取りにはなったので、2月19日から予定通りの行動。ミュンヘン行きキャンセルによりジャーマンレイルパスが損な勘定になってしまった。今日だけでもと思いドイツ新幹線ICEに乗りまくった。(短距離だけど)
 まず、日本対オーストラリアの試合があるカイザースラウテルンのフリッツ・ワルターシュタディオンに行った。ガイドブックに書いてあるとおりで駅正面口の反対側に出て急な坂を上りすぐ着いた。スタジアムは閉まっていたので早々カイザースラウテルンを後にした。滞在30分なり。
 カイザースラウテルンに行く前に乗り継ぎしたターミナルのマンハイムで町の地図を見たら「カール・ベンツ・シュタディオン」というスタジアムがあり、名前に惹かれて行ってみることにした。
 ただトラムが30分に1本しか出ていないことは想定外であとのスケジュールに影響が出ないようにしなければならなかった。カイザースラウテルンの所要を短縮できたので夕方のフランクフルトのブンデスリーガ観戦の前に昼寝の時間をとりたかったのだ。
 カール・ベンツ・シュタディオン到着。日本では馴染みがないが3万人くらいは入りそうな美しい箱型スタジアムだった。
 カイザースラウテルンでもそうだったがICEの時刻に間に合うように駅までの道を走った。走ったのは久しぶりだった。走ったおかげで昼寝の時間をとるのに成功。体力回復、かと思いきやホテルのフロントから電話。午後6時に荷物が届くそうだ。だが、私はサッカーを見るのでその時間は不在。預かってもらうことにした。
 サッカー観戦「アイントラハト・フランクフルトvsハンブルガーSV」。
空港行きの電車に乗り、フランクフルトのコメルツバンク・アレーナに到着。
 スタジアムがW杯に向けて新しくなった新スタジアム効果のせいか、当日券はあまりなく、43ユーロのチケットを買ったら最後列だった。
人が集まる前はスタジアム内の客席や通路はわりと自由に移動でき写真も撮れた。壁紙が増える。良かった良かった。
 飲食はチャージ式のプリペイドカードを買わなければならない。2ユーロ余った。ワールドカップでは使えないんだろうな。このプリペイドカード…。

(2006.03.12)

立て続けの悪夢

 今回の旅行ではまず前泊地でパソコンが壊れてしまいました。通常起動しようとするとブルースクリーンが出て使い物になりません(Safeモードなら上がるが)。結局iPodの充電器としてしか機能しませんでした。直し方がわかったのは帰りの機内…。意味ないじゃん。そして往路の便ではなんとロストバゲージを喰らってしまいました。初めてです。途方に暮れました。衣類、コスメ?系、充電系(デジカメ・携帯)でダメージを受けました。この後訪問するスペインやイタリアはその国のイメージからして何かあっても不思議ではないと身構えてはいたのですが、さすがにドイツではそんなことは予想だにしていませんでした。フランクフルト直行便なのに何で?とか憤りまくりましたが、泣いていても何も始まらないので活動できるように到着翌日は下着やらデジカメやら買いました。というわけでミュンヘン日帰りは断念です。アリアンツ・アレーナ見たかったです。これでまたドイツまで、ミュンヘンまで来なければなりません。あるいは何とか6月の日程にミュンヘン観光を組み込めるかといったところでしょうか…。代わりにその日は買出しの後フランクフルト市内を観光して回りました。切妻の建物の並びがが美しいレーマー広場などです。ホテルに航空会社から電話があって結局2日遅れで届いたのですが、やはり物が届かないのは代替品を買って後からせしめれば良いとはいえ、そのために時間を費やしたことは大きな打撃でした。デジカメも安いやつを別途買いましたし…。帰国後、飛行機を降りるとすぐ私の名前を書いた紙を掲げた職員の方がいて平身低頭でしたのでジダンということにしました。ジダンの内容は明かしませんけれども…。この冬はクルマ絡みでタイヤをバーストさせるし電子燃料噴射のコンピュータが壊れて交差点手前で立ち往生したりと何かとついていなかったのですが、どうもそれを引きずっているようです。

(2006.03.05)

メニューに戻る

八咫烏トップページへ