ツアーレポート「ジョホールバルの蒼い月」

CHAPTER 1 'DEPARTURES'

フランス・ワールドカップアジア最終予選も始まって2ヶ月余りが過ぎた。5戦連続未勝利で一時はどうなるかと思われた日本代表であったが、11月に入って本来の調子を取り戻し、韓国に次ぐグループ2位で第3代表決定戦に駒を進めた。第3代表決定戦の相手はイラン。攻撃力はアジア最強である。

フランスが少し見えてきたということもあるのだろうが、週末になると岩手から東京まで応援しに行く僕たちを見る周囲の眼も急に変わってきた。はじめは「好きだよな」とか「よくやるよな」とか「バカみたい」とか、ひどい奴になると「くだらないことに金を使いやがって」といった言われ方が多かったのだが、それが「がんばれ」とか「おれたちの分まで頼むぞ」といったトーンに変化してきたのだ。

というわけで僕たち4名は決戦の地、マレーシアのジョホールバルに行くことにした。僕たちも勝負に出た。旅行の決行の有無を問わず、当たり前の選択だが「ここで決める」に賭けたのだ。そして、決めるために出来ることは全てやってやろうじゃないかと思ったのだ。広告を出している旅行会社は既に全て満席状態であったが、ソウルでの韓日戦のツアーのリピーターとして同じ旅行代理店の成田発シンガポール行きのツアーに加わることが出来た。ツアーの代金は他の代理店に比べてかなり高く、しかも僕たちには金なんかなかった。でも金なんかなくてもどうにかして行くのさ。

11月15日朝、新花巻駅に集合。皆さん多かれ少なかれそうだとは思うが、岩手からだと国内の移動に金がかかるのだ。もっと交通が不便な地域の方々にお叱りを受けそうだが、やっぱりキツイ。遠距離恋愛も続かない(?)。いつもであれば太鼓を持参するのだが、段ボールに入れてチェックインしないと持って行けないという話を聞き、迷いに迷った末、太鼓を連れて行くことを断念した。

今度の試合は直にワールドカップがかかっているだけあって、みんなかつげる縁起はかついでいた。私はソウルまで連れていったジェニュイン(馬)のぬいぐるみキーホルダーをお守りに、Nはカザフスタンに勝って「めざましテレビ」に映ったときの格好で、Kはソウルで着た物を洗濯もせずに持ってくるという高校球児みたいなことをやっていた。

10:19発の新幹線に乗車。みんなもうビールを飲み始める。私は暗くなってからでないと酒は飲めないのだが、やむを得ず付き合った。スポーツ新聞を読みながらの移動であるが他のみんなが読むのは競馬面ばっかり。私も馬券は買うけれどここ2週間ほどはもう競馬までは頭が回らない状態であった。スポーツ新聞の写真を見ると母を亡くしたばかりの呂比須の顔がやつれており、ちょっと心配だった。

上野に到着。スカイライナーに乗るため京成上野に向かう。Nは後楽園のW××Sへ行き、残りの3人は駅構内で待つことにした。よくやるよまったく。京成上野では僕たちと同じ目的と思しき人たちがちらほら見えた。Nが戻ってきてスカイライナーに乗り、成田空港の第2ビルへと向かった。

成田空港第2ビル到着。さっさとチェックインしようと思ったが、私たちのツアーはまだ受付を始めていなかった。私の500ミリ超望遠レンズは機内預けにすると衝撃で危ないとのことで手荷物扱いとなってしまった。すげえ重たい…。16時に改めてチェックイン。施設利用料は各自で支払わなければならなかった。旅行代理店も大変だったと思うが、今回のツアーはあまり客が大事にされていないと感じた。シンガポールドルへ両替を行い、空港内のレストランで軽く宴会を開き出国手続きの時間を待つ。出国審査では旗のポールが引っかかり別送扱いとなった。

今回のツアーには4名で参加したが、そのうちFとNの2人が海外旅行初体験である。日本に残ったTはFと一緒のクラブでサッカーをしているのだが、彼いわく「Fさんが海外旅行に行くなんて信じられない」と話していた。Fにとってはよほどのことであり大きな決断であったのだろう。もし、試合がバーレーンだったらもっと凄いことになっていただろう。パスポートのスタンプがバーレーンだけだったらこの人何なんだろうと思われるだろうし…。

僕たちが乗る18時発シンガポール行きのJL1769便はチャーター機。旅行目的は全て一緒であり、はっきり言って客層は最悪。でも、ソウルのときもそうだったのだがツアー客には女性が多いのだ。なお、この便には「ジャンルカ」こと富樫洋一さんも搭乗していた。チャーター便だからなのかサテライトには付けずバスで駐機地まで移動させられた。貨物機のプールまで移動させられまるで気分はサクラローレルって感じ。飛行機に乗り、離陸の時間が近づいてくる。機長も「サッカーのサポーターの皆さんの力強い後押しを期待しています」という私たちを意識した挨拶をしていた。そして、いよいよ離陸。いつもより揺れが多くちょっと焦ったが間もなく安定飛行に入った。スチュワーデスの名札をチェックするKはJALのスチュワーデスエプロンを買うといって聞かない。Fは焼酎の1.8リットルパックを取り出し(…)スチュワーデスに「スガコ(氷)頼むじゃ」と言っていた。スチュワーデスは焼酎の紙パックを見て思いっきり引いていた。仕事とはいえ、こんな客ばっかのフライトなんてって思っていただろう。それでも彼女は2回目に回ってきたときには笑顔で「スガコですね」と応じていた。エライよほんと。Kはついにエプロンを買ってしまった。誰にあげるんだろう。でも、このエプロンを買うという話のきっかけを作ったのは私である。先々週のソウル行きのJAL機の中で親切なスチュワーデスに感激した私は酔っ払って「エプロン欲しい」と言い、機内販売のリストにあることを確認したのだ。最初は「バカか」なんて言ってたKも私が「だからさあ、このエプロン付けさせて(誰に?)『トントントントン(まな板の上で野菜を刻む音のつもり)』ってさあ」って言ったら興奮して「買う」と決断したのだ。だが、韓国路線ではこのエプロンは販売しておらず今日改めて買うことにしたのだそうだ。機内食の後はみんなつかれて寝てしまった。

およそ7時間のフライトを経て、シンガポールのチャンギ空港に到着した。やはりサテライトには付けずバスで移動した。飛行機を降りるタラップの隙間からムワっとした熱く湿った風が吹き込む。「うわー、着いたよ。ついに来ちゃったよ。」実感する瞬間である。入国審査でやや長い行列ができ、多少時間を食ったが、無事通過。現地ガイドの方が既に待っていた。とても親切な方で「いいひと」という感じであり、ツアーはいつの間にか朝食付きになっていた。日本でのやり取りのいい加減さに比べれば現地の対応は想像していたよりかなりいい。可能なことは全てやってくれていると感じた。夜の景色なのではっきりは分からないが、赤道に近いシンガポールの植生はやはり日本とはだいぶ違う。また、ガイドブックに書いてあった通り、バスやホテルの中は冷房が効きすぎており、室内外のギャップが激しい。バスはいすず製であったが30歳くらいのバスでかなり古かった。でも、なかなか風情のあるバスである。午前2時ごろ、宿泊先のブールバードホテルに到着した。ホテルはまた、最上階までが吹き抜けになっており、内側がその吹き抜けになっている円形の回廊を客室が取り囲むような感じであった。プールがあり、エレベーターの到着案内の音声がまるでSF映画のようだった。明るいうちからビールを飲んでいたので頭が痛い。ガイドの説明を聞いた後、別室の仲間の部屋に行ったが明日は長いのですぐ寝ることにした。

CHAPTER2 

Bonjour Nippon Index

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