ツアーレポート「ジョホールバルの蒼い月」

CHAPTER 3 Causeway to FRANCE

緑豊かなシンガポールの島を縦断する幹線道路をジョホールバルに向かって走り抜ける。いよいよコーズウェイだ。この道はフランスへ続いている道なんだ。ガイドのおばさんが全員のパスポートを集め出国手続きをしてくれるとのこと。外を見るとバスから降りて出国手続きをしているサポーターもおり、楽できて助かった。グレートジョブ。このおばさんガイド、けっこう侮れない。というわけで、ついにシンガポールを出てマレーシアに入る。コーズウェイはシンガポールとマレー半島の南端ジョホールバルを結ぶ海上道路である。橋ではない。自家用車は5レーンほど占拠しているが、渋滞している。ガイドによれば、みんなサッカーを観に行く車らしい。私たちのバスは専用レーンを通ってすんなりマレーシアの入国手続、通関に入る。シンガポールもそうだがマレーシアもとにかく暑い。真夏の東京に湿気をプラスしたような気候だ。しかもバスや建物の中はキンキンに冷房が効いており、その温度差への対応でかなり体力を消耗する。

マレーシアのイミグレは一人一人が荷物を持ってバスから下り、市場のような作りの建物で手続きを行う。しかし、2つしか窓口がなく、日本サポーターがかなり長い列を作っている。ここで相当待たされた(といっても30分強だが)。そして、この温度のせいでせっかく買った寿司が食えなくなってしまったのだ。うかつだった。そこまで頭が回らなかった。入国の係のマレーシアの女性はイスラム教徒のため顔以外を隠さなければならず、暑いし客は多いしでとても大変そうだった。通関はフリーパス。いよいよジョホールバルに入る。ジョホールバルから英語しかしゃべることの出来ないマレーシアのガイドが加わり、ここで試合のチケットが渡された。FRANCE98の例の地球とサッカーボールの絵がデザインされたなかなか良いデザインのチケットだった。

マレーシアに入って街の雰囲気ががらりと変わる。市街地に降り立ったわけではないが、ひとことで言えば混沌、かなり雑然としているのだ。回教寺院や、いかにも東南アジアといった屋根の家並みを通り抜け、大きな道路に出て約10分、ついにラーキンスタジアムに着いた。時刻は現地で午後4時になろうかというところであった。

スタジアムの周辺には一応売店やばったもん屋等が日本人目当てに商売をしており、旅行前に言われていたように何もないわけではない。もう既にかなりの日本人サポーターが列をなしており、とりあえず最後尾の位置を聞いてそこに並んではみたが、実際のところは無秩序に並んでいる状態のようである。マレーシアはイスラム教国家なので禁酒なのかと思ったら、慰安旅行の感覚で来ていた在マレーシアの大手企業の邦人たちが、缶ビールをケースごと持ってきて入場までに飲み干しちまえという作戦で来ていた。この辺は現地の感覚を知っている方々の経験であろう。富士通さん。ビールごちそうさまでした。このテキストも富士通のパソコンで作っています。

スタジアムの外周はメーンスタンド前が舗装されている以外は荒れ地であり、異臭が漂っている。普通ならちょっと耐えられないほどの臭いである。そんななかニュースステーションの小宮さんが登場。みんなに追いかけられすごい人気だ。頼むぞショウリノメガミ。スタジアムのスピーカーではなぜか中島みゆきの「ひとり上手」と、タイトルは忘れたがやはり彼女の曲がBGMとして流れていた。どうして…?またスタジアムの更衣室では現地チームの選手だろうか、行列を作る僕たちをみて励ましてくれているのだろうか。QUEENの「WE ARE THE CHAMPION」を唄ったりしていた。

4時半過ぎだったと思う。スコールが落ちてきた。この時は既に屋根のあるエリアにいたため濡れることもなかった。そのせいだろうか、思ったよりも大したことがないなと思った。豪雨というほどでもなく、降っている時間も短い。ただの通り雨という感じであった。滞在が短かかったもんで誤った認識をしてしまったかもしれない。

スコールの後、感心する出来事が一つ。一部の日本人サポーターが、僕たちが並んでいたバックスタンドCゲートの混沌とした状況に秩序を与えたのだ。行列の並びをはっきりさせ、しっかりした形で整列させたのだ。いずれ入場できるとはいえ、列を作る人たちの不安を取り除いた功績には拍手をせずにいられない。ずいぶん慣れた様子だったがどういう人たちなんだろう。Sスポーツだべか。

CHAPTER 2

CHAPTER 4

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