ツアーレポート「ジョホールバルの蒼い月」

CHAPTER 4 HOME,LARKIN

開門は午後6時30分。まだ2時間近くあり座らずにはいられない。しかし地面は小石と砂が混じった荒れ地。僕たちはおそらくもう使わないであろう雨合羽を敷いて座った。それでも4人分のスペースは取れなかったので交替で散歩に出ることにした。私はスタジアム近くの怪しい露店で非公式グッズの「日本対イラン記念Tシャツ」(25SG$)と、マレーシアリーグのTシャツ(詳細不明・12SG$)を買った。マレーシアリーグのTシャツはイスラム教徒の女性が売っており、何度もお礼を言ってくれた。土産物はばったもんに限る。

午後6時30分。ついに開門。蚕室のときよりは列の動きが速く、チェックが甘いらしいことはうかがえる。しかしいざ入場というとき、僕たちが持っていたポールが当局に目をつけられる。多分「何だこれは」みたいなことを言ってんだろうがやはり没収されてしまった。まあそれは私も事前にインターネットで情報をキャッチしていたし覚悟はしていた。しかし、腹が立ったのはそのときのマレーシア人の態度だ。僕たちのポールを投げつけるように捨てたのだ。それも単なる係の人間がである。公権力のあるポリスがその権威性を見せつける意味合いで実行するならともかく、ひどい対応だと思った。まずこれが一つ。さらに私はリュックも怪しまれ中を開けられた。実は私は十分凶器となりうる写真撮影用の一脚を持っており没収されないかと内心びくびくしていたのだ。没収されるのは仕方ないが、私の一脚は知る人ぞ知るフランス陸軍御用達のGITZO社製の1万円以上する高級品であり返してもらえるかどうかが心配だったのだ。幸い、特にお咎めもなく入場することが出来た。でも、2年半ほど前、ジェノバでユベントスのサポーターを撮ろうとしてイタリア軍兵士にレンズを塞がれたときよりびびった。正直言って…。この入場の段階でマレーシアの問題点がもう一つ、切符のもぎ方が超乱暴なのだ。日本のようなミシン目半券ではなく、真っ二つにして破き片方を本人に渡しておしまい。せっかくの良いデザインの券が台無しである。この試合の意味とか、この試合を見に来た人の想いなんていうことは全く考えていない。これが二つ。

ポリスのチェックにあったため一瞬仲間とはぐれたが、国立で言えば、私たちがいつも陣取っているアウェイ側のバックスタンド寄りのコーナーに陣取る仲間を見つけようやく座った。椅子に番号はついておらずメインスタンド以外は全て自由席というのも納得できた。でも椅子は蚕室よりはきれいだった。スタンドにはいくつかの大きな旗が揺れており、ポールのチェックはどうやってかいくぐったのだろうと不思議に思ったりもした。

スタジアムは2万人ぐらいが収容できそうである。平塚競技場のゴール裏の高さを倍にして、ゴール裏とブロック指定をくっつけたような感じ、スタンドの傾斜はややきつめである。フィールドとスタンドを隔てる高さおよそ3メートルでてっぺんがねずみ返し状にスタンド側に傾斜している金網がトラック全周を覆っており乱入は難しそうである。多分ジョホールバルのチームを応援する地元の人々も荒っぽいのだろう。トラックにポリスがたくさん配置され、警察犬もいた。アジアでは警察犬は初めて見る。もし事故があってスタンドの前で見ている人が人と金網の間でぺしゃんこになってしまったらどうするんだろう。芝の状態はあまり良くない。スタジアムは電光掲示のみでビジョンはなし。よってリプレイは見られず。でも電光のドットである程度グラフィック表示は出来るので平塚よりはまし。電光板には英語&日本語、英語&アラビア語で「ようこそジョホールバルへ」という表示がされ、日本、イラン双方の戦績が紹介されていた。しかし、トイレは少なく、男女別々に行列を作るのだが入り口、そして用を足す空間は実は一緒なのである。男はともかくいくらなんでも女性は可哀相だと思った。しかも階段の蛍光灯は点きゃあしない。案内表示も十分ではなく何ヵ所か薄暗い袋小路があり、死体でも転がってんじゃねえかというほどの気味悪さである(後々ここが男子トイレになっていたらしい)。というわけでこれが三つ。せっかく開催してくれたラーキンの関係者には大変申し訳ないが、観衆に対するホスピタリティという点では失格と言わざるを得ない。

7時を回り、辺りはいつの間にか暗くなっていた。天候は曇り。空気も日本のように澄んでいるわけではなく、位置にもよるのだろうが南十字星は見えない。スタジアムも時間が経つにつれ、席が埋まっていく。しかも95%以上が日本サポーター。少なくてもソウルのときのようなアウェー(ソウルのときもあまり感じなかったけど)の感じは全然ない。はっきり言ってホームである。しかも国立で自由席の一角を赤で占められた日韓戦のとき以上のホームぶり。イランが入ったのはTV画面左手のゴール裏一角と左側メーンスタンドの一部だけである。ULTRA’をはじめ、あちこちから日本コールが始まるが、まだ脚を貯めておきたい自分は、気持ちは盛り上がっていたが抑えてあまり応援には乗らなかった。今回のサポートはわれわれ狂信的で海外渡航もいとわぬサポーター、いわば精鋭中の精鋭、マレーシアとシンガポール、あるいはその他のアジア諸国に在住する日本人(主に企業系)、ジョホールバルのお祭り好き、といった色分けがされる。そして今回異色だったのは鹿児島県の伊集院高校の修学旅行生。制服姿でスタンドの1ブロックを埋めたのだ。しかし、彼らはとても気合が入っており、ウェーブに乗って大喝采を浴びるは、自分たちからニッポンコールを始めるわでとても素晴らしかった。この試合の重みを先生や生徒はどれだけ分かっていたかはちょっと不明だけれども修学旅行のコースに入れ、あの日あの場所にいたことはとても素晴らしい、一生自慢できる思い出になることでしょう。

キックオフ1時間ほど前、イランのイレブンがピッチに登場。すごいブーイングがスタジアムを覆う。ただ、今回は留守に回ったAが話していたのだが、ブーイングは「貯めた」方がいいのではないか。練習の段階でブーイング、あるいはアウェーの雰囲気に慣れられるよりは、練習中は静かにしておいていざ試合が始まったらブーイングを爆発させるほうがいいというのである。最初から押しつぶしにかかるのと比べてどっちが効果的なのかは、私には分からない。

このブーイングの嵐に自らチャレンジしてきたのが誰あろうダエイとアジジである。ULTRA’の「ダエイ、ダエイ(アジジ、アジジ)、ホッホッホッ(正しい発語は分かりません)」コールに笑って手を振り応える。「事実上のアウェー」の雰囲気を自ら凌駕した上での本当の余裕なのか、あるいは単なる虚勢なのかは分からない。しかしどこまでもナメた野郎なのは間違いない。

キックオフが近づくにつれ、例の青いゴミ袋やらなんやらでスタンドはすっかり青。Kは「アウェイの存在しない国、金満ニッポン」と話していたが、やっぱ、4年前を忘れられないという想い、フランスへの想いがこれだけの日本人をここに集めさせたのだろう。僕たちもそうしてここまで来たのだし。青で埋め尽くされたスタンドのボルテージも高まってきた。スタンドに傾斜があるため声が対角のスタンドに反響してとても気分が良い。

30分くらい前になり、両チームの選手がピッチで練習を始める(ここでスタメンが誰か分かる)。すごいニッポンコール。外国でホームを演れるというのは格別である。イランは陣営、国民とも騙されたと思っただろう。しかしこれも運命である。また、人数こそ少ないがイランのサポーターもスタジアムに来て「イラン」コールをしていた。イントネーションが「ミラン」と同じなので人数が少なくてもなかなか迫力がある。しかし、多勢に無勢。すぐに日本サポーターにかき消される。

開始10分ほど前に両チームの選手が英語で淡々とコールされた。「呂比須ワグナー」という英語の発音がとてもかっこ良かった。

そしていよいよ選手入場。FIFAの例のテーマが流れる(この曲のタイトルとCDが発売されているかどなたか知りませんか?KやNは結婚式の入場に使うといっていました(^_^;)。ついこの間まで関東G1のファンファーレだったのに…)。気分が高まる。今日ほどこの曲をいとおしく思ったことはない。勝てばフランス。今まで行った試合の中ではその重みたるや文句無しにbPである。あと2週間、オーストラリアとホームアンドアウェイで戦うよりは是非ここで決めてしまいたい。4年前の借り、バイオリズム、コンディション、スタジアムの雰囲気、そして国内のムード。日本に有利な条件はたくさんある。一方、日本はどうも中東を苦手にしている。この予選で勝ったのは3月のオマーン戦のみ。UAEにはついに勝てなかった。イランにも前回予選では敗れており、通算成績も分が悪い。日本の勝利を信じるしかないとはいえ、どちらの目が出るか、不安な気持ちは確かにあった。

国歌斉唱、写真撮影が済み、試合が始まった。

CHAPTER 3

CHAPTER 5

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