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2008年11月 アーカイブ

2008年11月24日

2つの星

青空は出ていないのですが、空が白く眩しい初夏の日でした。
そしてずいぶんと暑かったことを覚えています。

2002年6月14日・長居スタジアム:チュニジア対日本

現地観戦した私はハーフタイム中、
携帯電話で仲間とこんなことを話したことを覚えています。

仲間「大丈夫なのか、何かずいぶんダラダラやってんだが」

自分「前の2つ(ベルギー、ロシア)に比べれば全然大したことないです。
  大丈夫、勝てますよ。2点くらい入るんじゃないんすかね」

そのあとすぐ、スタジアムは大歓声に包まれました。
地元のモリシのゴールでした。
これで日本は決勝トーナメント進出を確定、その夜の大阪は大変なお祭り状態となりました。

1997年11月1日・韓国 ソウル 蚕室五輪スタジアム

1998年フランスW杯アジア最終予選、9月のホームで韓国に敗れた日本は、
続くシルクロードのアウェー2連戦でも勝てず監督が交代、
さらに前週のホームUAE戦でも引き分け、卵投げ騒動まで起こっていました。

一方韓国は取りこぼすことなく快進撃を続け、この戦いまでに1位を確定、
本大会出場をすでに決めてしまっていました。

これだけ成績の差が出てしまった相手の国で果たして勝てるのか、
正直言って自分でも不安でした。ここで力尽き、引導を渡されるかもしれない。
だがそれならそれで最後までサポートを全うし、介錯仕ろう。そんな気持ちで
スタジアムに入りました。

そんな不安を打ち消し、11月の逆襲の狼煙となったのが、開始早々の名波のゴールでした。
あのゴールでもう、迷いはなくなりました。
諦めちゃいけない、信じて戦うんだと。
その後どうなったかは、あまりにも強烈な記憶として、史実として
多くの人に刻まれていることと思います。

2人の英雄の、自分にとって最も印象的なシーンを思い出してみました。
いつでも謙虚で真摯なモリシ
雄弁ではなくてもその左足で誰よりも強いカードを切ってみせた名波

2人とも日本が誇るヒーローでした。
彼らのように個性的で強い輝きを放つ選手が出てきてくれれば、
日本はまだまだ、あと10年は戦えます。

本当にお疲れ様。しばしの間、ゆっくり休んでください。
でも、これから間違いなくお二人の力が必要となってくるでしょう。
別な形で新たな貢献を期待しています。

2008年11月23日

【最終予選】vsカタール Away

試合前の夕方にタイヤ交換して疲れて寝てしまい、
目が覚めたのは残り15分というところでしたorz

で、録画していたものを見た印象ですが、

・点差ほどの力の差はない。
・ボールを支配しているわけではない。
・押しているわけではない。

だからこそ、3-0で勝ったことは、大きな意味があり、
選手たちをたたえたいと思います。
やはりあーだこーだ雑音を出してしまうのは良くないことだと、
自分に対して反省しています。

そんな中でセルジオさんのようにあえて苦言を呈するとすれば、
自陣で意図あるパスを取られたりしてはいけないよ、ということでしょうか。
自陣のイージーな状況でパスをカットされるシーンが何度か見られました。
ミスを犯した選手をもうイラネとか言って叩くわけではありません。
次から注意していきましょう、ということです。

しかし、やはり帰化選手をかき集めたくらいでは、
女神は微笑みかけてくれないんですね。
カタールのどの選手よりも俊輔の方が格上でした。
 

2008年11月22日

あの伊達男が…

ゼンガ・・・(;´Д`) 

updated

スタジアム写真館に豪州メルボルンのテルストラドームを追加。

以上でオーストラリア編は終了です。

オーストラリアはAFCに属していますが、このコーナーでは地球の自然の摂理に従い、
オセアニアというカテゴリーで掲載しました。

次回からはバンコク編をお届けします。つっても2か所ですが(^_^;)

2008年11月16日

updated

スタジアム写真館に豪州シドニーのシドニー・フットボール・スタジアムを追加。

2008年11月09日

刻印

ゆうべ、U-19の日韓戦を見ました。
年代別とはいえ、世界大会への進出をかけたガチの日韓戦は久々ということで、
どんなスリリングな試合になるだろうと期待して見ました。

しかし、この試合は結果的に違う点で大きな意味を持つ試合となりました。

0-3で敗戦です。完敗でした。日本はなす術がなく、文字通り何もできませんでした。
0-5でも不思議ではないくらいの試合でした。ていうか次もう一度やったら
0-5くらいにはなると思われます。

韓国はというといつもの韓国です。
体格とスピードとパワーで日本を上回り、両サイドの深いところで
スピード勝負をしてくるあのいつもの韓国でした。
上手な選手はいましたが日本より上手なだけで、セスクやメッシがいるわけではありません。

最近の日本はこういった特色のある韓国に対し、技術を磨いて、
パスワークと運動量で対抗し、ワールドカップに出られるようになってからは、
ほぼイーブンと言っていいような拮抗した戦いを見せていました。
シドニー五輪世代は、優れた技術を持つ選手が多くあらわれ、韓国を凌駕さえしていました。

しかし、この試合で日本はパスワークでも、向かっていく姿勢でも、
韓国の後塵を拝しました。
ボールを追いかけるただの駆けっこでもぶっちぎられ、
弱いパスはかっさらわれ、
スタンディングのキープボールまでかっさらわれていました。
取られたボールを取り返そうという気持ちすら感じられず、
肩をぶつけていこうとすらしませんでした。

これだけ実力が違っていれば、当然相手に歯が立たない状態となり、
シュートまで行くこともできません、っていうか

攻撃がペナまで届きません。


6年生に頭を押さえつけられた1年生が両腕をぐるぐる振り回している感じでした。

世界選手権に出られなかったことがこの試合の重要な意味ではありません。
世界選手権を口にするのが憚られるくらいの実力ですから…

 ・この世代は、韓国とは勝負になりません、ということが白日の下になったこと。
 ・この世代の育成と強化策とこれに携わった人たちの力にダメ出ししなければならないこと。

これこそがこの試合の意味であり、歴史的な試合となったと思います。

世界選手権を経由しない条件での強化策の練り直しとテコ入れが
必要となってくるのは間違いがありませんが、
育成と強化の方向性とやってきたことに誤りはなく、
この子たちがダメなんだというのであれば、この世代については諦めざるを得ません。
ならば、上と下の世代でこの穴を埋め、何とか戦えるように持っていくしかありませんが、

近い将来、私たちは祭りに参加できない空虚な6月を迎える時が訪れるかもしれない
という覚悟を、心のどこかに置いておかなければならない時代を迎えるかもしれません。
まだ、心情的に受け入れられるところまで整理できていませんが…。

2008年11月03日

updated

スタジアム写真館に豪州シドニーのANZスタジアムを追加。

5月の連休に行きましたが、あちらは秋を迎えており、色づいた木の葉が美しかったです。

ほか、ウズベキスタン戦サポートに伴い、Bonjour Nipponの行動記録を追加。

2008年11月02日

近況

10/17 ウズベキスタン戦から帰投したとたん熱発ダウン。仕事を休む。

10/19 仕事復帰。

10/25 CSを東京ドームで観戦、オレ涙目w。その前に奥多摩まで乗り鉄。

10/26 久里浜まで乗り鉄。そのあとNACK5スタで大宮-千葉を観戦。
得意の30分だけ見て帰るを実行。

11/02 minitoto当選するも当籤金額408円。投資額は600円でオレ涙目w。

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