MONO-LOG@2000OCT


No time for losers cause We are the champion...

日本代表、本当によくやりました。メディアには高い評価を受けながらも、その実、よその国や審判にあれだけ嫌われながらなおかつ優勝したのですから大したもんです。まあ、鼻につく言い方をさせてもらえば、欧州王者と引き分けた国がアジア王者になるのも当然といったところでしょうか。私は決して天邪鬼ではありませんからこの秋の日本の戦い振りは高く評価していますが、それでもやっぱり今回の日本がW杯にそのまま出たらという当てはめをしてしまいます。で、どう見たかというと、フランス大会のときのように体裁は整うだろう。2試合くらいは引き分けられるかもしれない。でも、やっぱり勝ち上がれるかどうかはとても怪しくて心もとない。シドニー五輪のグループリーグももっと楽に勝てるかと思ったがそれはとんでもない思い違いだったし、アジア杯の準決勝から先も思ったよりも苦戦しました(決勝の後半も布陣によってはあれだけ押し込まれることはなかったと思うが)。21世紀の強化スケジュールには豪華絢爛まばゆいばかりの対戦相手候補の名前が載っていますが、なるべく多くの、そして予選免除国にしかできない経験をつんでもらいたいと思います。さて、アジア杯優勝で日本に起こってくることを整理してみましょう。まず、次回大会(2004年・中国)に前回優勝国として自動的に出場が決定しました(ポルトガルで行われるユーロ2004年よりも行ってみたいなと思います)。あと、アジア・アフリカ選手権でアフリカ・ネーションズカップの優勝国(カメルーン)と対戦します。それから、渦中のコンフェデレーションカップ、開催国として出場するというのなら、今回の優勝は「貸し」にして、その次の大会に出場させてほしいものです(^_^;)。その他、国際親善試合の申し込みが殺到中といったところでしょうか。

(2000.10.31)

誕生日おめでとう。つーか僕は及川ミッチーと誕生日と血液型が一緒で内心実はかなり嬉しい

イラク戦が行われた10月24日は私の誕生日。釜本様のブロンズメダル、5年位前のサウジ戦の勝利、そして昨日の試合と日本のサッカーにとって縁起のいい日であることが改めて裏付けられました(^.^)。一方、今度試合のある26日(現地時間)は日本サッカーにとって鬼門の日となっています。メキシコワールドカップ予選、和司のあのFK(当時高校2年生でNHKで見たような気がする。お客さんがいっぱい入っているなーって印象だったような…)の試合、そしてフランスワールドカップ予選、ホームで引き分けたUAE戦。まぁ、この季節に大きな試合が行われるということもあり、めぐり合わせといってしまえばそれまでなんですが…。

(2000.10.25)

アンニョンハセオ

実は、昨日から地元の国際交流協会が主催する韓国語講座に通い始めた。講座といってもレベルは初歩的でハングルが読めるようになるくらいが目標で、自分にとってはちょうどよいかなと思い受けることにした。最終的には金浦空港で韓国語でケンカできるようになりたい(今は英語でケンカしている)が、自分のイタリア語やフランス語(英語もか)のおぼえの悪さを思えばたぶん無理でしょう。先生は優しそうな女性の方なのだが、韓国にいったことがあるかと聞かれ、3年前のワールドカップ予選に行ったことがあると答えると、日本の応援かとさらに聞かれたため、うそをついてもしょうがないと思い、ええと答えたら一瞬彼女の表情がこわばりその場にすごい緊張感が走った。やっぱ、韓国はこうでないとね。韓国の選手で誰が好きかとも聞かれたので、無難に洪明甫と答えたらすごく喜んでいた。あと柳想鉄、盧廷潤、尹晶煥などのサッカー好きなら誰でも知っているような名前を挙げたのだがそれだけでこいつただ者ではないと思ってくれたようだった。

(2000.10.22)

Tell me how to do

なんとなく、(とくに)ヨーロッパから軽く見られているのはこういうわけだったのかということを実感できた試合だった。周りの国に合わせる必要なんかどこにもないんだから自分たちだけ勝手に強くなればいいんだけれど…。でも、もっと上を目指すのならばもっといろいろ考えないと…。極東というのはやはりハンデなんですね。

(2000.10.18)

ビッグイヤー獲得

先日、以前ここにも書いたバレーボールのチャンピオンズリーグというかワールドカップというかがあって、そこでもなんと優勝してしまいました。この大会で私はレギュラーから外され、3試合のうち2試合、試合の行方が決まった状態で正味5分程度しか出場しませんでした。まあ、ベンチから外れたり出場しなかったわけではなくシドニー的には本山的存在(?)と自分で勝手にみなしています。実際出場したメンバーの動きはとてもよく、優勝するチームに相応しいもので、本大会の方が予選よりも楽に勝てたくらいでした。予選の方が苦しくて、それに私がフル出場、本大会は自分がほとんど出ないで完勝…。オレが出たから予選は苦しかったのかな(^_^;)。でもピンチサーバーも目立つし楽しかったです。ベンチにいたっていろいろな形で試合に参加することもできますし。

(2000.10.18)

強くなったのか、弱くなったのか

サウジ戦の印象。柳沢の下腹部ゴールも高原の”バティゴール”も名波のスルーパスとその後の体のかわし方(これが一番気に入ったシーンでした。超かっこよかった)も名波のソウルを思い出させるようなゴールも小野の「サッカー上手いんだー」って感じのゴールもとてもよかった。試合も面白かった。けど日本が強くなったというよりはサウジが弱くなったという面がより色濃いような気がした。日本は確かにシドニーを経験したという「強み」みたいなのはあるけれども、シドニーから急激にレベルアップしたわけではない。どう考えてもシドニーで対戦した南アフリカやスロバキアの方が手ごわかった。W杯以降、日本が伸びたのも事実でしょうが、サウジの凋落とみるべきでしょう。今回の試合により各方面から絶賛されている日本代表ですが、反動が出ないことを祈らずにいられません。あとひとつ印象的だった点。日本代表の試合を見るようになって10年近くになるわけですが、その歴史の中で史上最低の失点シーンだったような気がします。

(2000.10.15)

アジアカップ開幕するんですが…

しかし明日からアジアカップだというのに、しかも優勝候補の一角として日本代表が出るというのに、6月のユーロよりも盛り上がってないぞ…。

(2000.10.11)

感動の最高点が眼前のジョホールバルだった者の立場から一言

今日はシドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子選手が地元にきました。私もわが社のオフィシャルカメラマンとして走っている姿やらトークショーでの姿やら一生懸命撮影しまくりました。はじめは百戦錬磨の報道カメラマンや芸能人、スポーツ選手のスキャンダルをすっぱ抜くような○○ラッチのような人たちと自分が仕事できるんだろうかという不安があったのですが、仕事でやっている人(なかにはロケハンがでたらめでお前らホントにプロか?ってやつらもいたけど)やいわゆるカメラ小僧はそれなりのツールを持っていてしかもこういったイベントには慣れていて自分が今後も仕事や趣味を続けていくためにわりとマナーは守るのですが、一般の人たちが興奮しちゃってしかも押さえがきかずどんどんQちゃんに近づいていってかなり危険でした。Qちゃんはどこかの誰かと違ってだいぶ度胸も据わっており、寛容でもあるのですが、もし自分だったらどこかの誰かのようにうぜえんだよとか間違いなく言うだろうなと思いました。ルールとマナーは守って、もしQちゃんに怪我でもさせたらあなたの一生台無しですよ!

(2000.10.09)

3バカ監督の中で最も結果を出した監督の矛盾

もうひとつQちゃん関係。小出監督はトークの冒頭にリップサービスで「五輪前から、大会後花巻に来るんだから金メダルを取ってないと恥ずかしいぞQちゃん」と話したと言っていたのだが、トークの中で「私は高橋に『勝て』なんて言ったことは一度もないんですよ」と言っていた。なんというウソつき親父だと思った(^_^メ)。

(2000.10.09)

あのねQちゃんはね

しつこいけどもうひとつQちゃん関係。Qちゅわんはテレビで見るとおりのイメージの方でした。五輪のときも競技が終わってからだんだん表情が柔和になってきてた印象がありましたが、明るくって、愛想がよくって、なかなかかわいい。インタビューなんかを聞いてるとおっとりした人なのかなと思うけど、走っているときは周囲の様子が誰よりもよく見え気配りもできてすごく冴えている、そんな印象をQたんから受けました。弘前でもやったように何度もゴールの手前から走ってゴールを繰り返すのは、ファンサービスというのもあるのですが、走っている間が自分の周囲に最も人が集まらず、自分にとってもギャラリーにとっても運営サイドにとっても最も安全だからかなというふうに思いました。金メダル、輝いていました。

(2000.10.09)

マタリ行きましょう

いつのまにかこのホームページも開設から3周年を迎えました。開設したのはフランスワールドカップ予選、ホームで韓国に負けた直後で1位通過が難しくなってきた時期でした。もしワールドカップに出られなければ日本のサッカーへの自分の思いは(2002年の共催も決まっていましたが)廃れてしまうんだろうなとか思いながら、そうなったときはすぐ閉鎖しようとか考えながら、自分はワールドカップに出られることを信じたい、出場できる方に賭けたいという姿勢を表現するという意味もこめて開設に踏み切ったことを思い出します(準備は2ヵ月くらい前からしていましたが)。ワールドカップに出場して、イタリアに進出して、チームの名前が変わって、オリンピックがあった…。これからもいろいろなことがあるでしょう。見に来てくださる方は薄々気づいてるかと思いますが、次々と新しいコンテンツを増やして内容を充実させていくほどのパワーはありません。かといって、このホームページに手を加えていくことは日課となってしまっているのでとくにやめようとも思いません。肩のこらない程度に長くやっていきたいと今時点では思っています。自分のルーツにあるのは誤解を恐れずに言えば、ベルマーレや日本代表をサポートするということ以上に、世界中の色々なサッカーを一生かけてみて回りたいという気持ちです。自分が自分であることを表現するための手段がこのページ、とまでは言いませんけれども、これからもこのホームページを通して世界中の色々な方々と親善交流が図られればと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(2000.10.03)

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