MONO-LOG@1999DEC


Road Map to 2000

1999年もいろいろなことがありました。シドニー五輪を決めた試合、韓国の五輪代表を粉砕した試合、ベルマーレの数少ない勝利の試合、そしてベッカム…。でも一番印象に残ったのは、コパアメリカのときのパラグアイのベニテスのシュートでした。「うそっ?」って感じで、あれは自分自身でもガツンとやられた気がしました。「本気で戦う」ということはこういうことなのか、思い知らされた次第です。2000年、ロードマップで既にいろいろなことがあると記されてはいますが、楽しくなぞってみようと思っています。

(1999.12.31)

Y2K

Y2Kで今日も明日もそして日付が変わるこれからも出勤、正直言ってかったるいです。でもヒデのページもサーバーのチェックのためかなんか知らないけど年末だというのに更新されていましたね。ありゃ絶対Y2Kのついでって感じです。まあ彼の周辺も騒がしいようですし(例によって飛ばしのようですが)。ヒデのことはまた年が明けてから書こうと思っています。

(1999.12.31)

CENTURY OF FOOTBALL

月曜日のBS特番を見て感じたこと二つ。本当にいろいろなことがあったんだなと今さらながら思いました。総じて日本のサッカーは発展していると言えるのではないでしょうか。この90年代は、喜び、感動、何度も楽しい思いをさせてもらいました。選手、指導者、スタッフ、そしてサッカーを好きな全ての人たち…。本当にありがとう。そして、これからもよろしく。あと一つは最後の方でフランスW杯の映像が出ていたのですが、フランスとオランダ、すげえ強えわ。ちょっとあのレベルまで行くのは難しいな(2002年)って思いました。

(1999.12.29)

Good Luck !

Never give up !
Keep on fighting till the end !
Believe ! 
Pray sincerely !
先日帰国した中国の方に贈った言葉。別に頼まれたわけではないのですが、どうすればワールドカップに出られるか(というよりはどういう気持ちで予選を戦っていたかというべきか)、名刺の裏に書いて渡しました。一度出たという事実は、これほどまでに重く尊いものなんですね。2002年に日本(韓国?)で再会する約束をしました。2001年は中国をかなり本気で応援してみようと思っています。

(1999.12.26)

100%

サッカーの試合を観に行く頻度が低いと、不思議と自分が行ったときに限ってゴールを決める、そんな相性のいい選手が私にも何人かいます。まずジーコ。2回見て、2回ともゴールを決めました。お次は先ごろ正式に引退したジャン・ピエール・パパン。ACミランとフランス代表と2回見ましたが、スゴかったです。あと一人2回見て2回ともゴールを決めた人物がいるのですが名前は伏せます。2回とも対戦相手は日本代表。1回は外国で、もう1回は日本国内での試合でした。誰だかもうわかりますよね。個人的にはその能力を非常に高く評価しています。ちなみに相性が悪いのはカズです(^_^;)。

(1999.12.22)

背番号28

中田英寿を中国語で読むとなんて発音するかはわかりませんでしたが、「ナカタ」と喋ってもあまり通じませんでした。中田英寿の漢字をそのまま中国語読みしているようです。もちろん中田のことは知っているようです。

(1999.12.18)

夢の跡

パスポートの期限が切れてしまった。新規申請になるのかな。パスポートを持っている人は誰でも一緒だろうけどあのスタンプは思い出になるからなあ。そのまま記念にとっておきたいなあ。

(1999.12.18)

炎の鉄則・ラス前の試合が終わったときは結果に関わらず落ち着いていること!

アメリカW杯アジア最終予選で韓国に勝ったときの日本、フランスW杯アジア最終予選で日本と引き分けたときのUAE。これらの試合はラス前で決まってもいないのに喜んだりすると悪い結果を招くという教訓を残しました。逆にラス前で苦境に立たされても決して下を向いてはいけない、最後に何があるかわからないということをフランスW杯予選で学びました。J2からJ1の昇格争いでラス前の試合、FC東京が勝てずに選手が座り込んでいるときにサポーターが「下向くな」とコールしていたこと、最終節、大分が昇格をほぼ手中にしていながら山形に同点ゴールを決められて選手が倒れていたとき(倒れたりせずすぐにボールを取り返して延長で得点を決めたらJ1に昇格していた)、サポーターはそれでもあきらめなかったこと。選手よりもサポーターの方がドーハとジョホールバルという両極端をくぐりぬけているせいか、リーグ戦の戦い抜き方という点で成熟しているなあと思いました。古い話ですみません。

(1999.12.15)

WAREZ

壁紙に続いて今度はベッカムのスクリーンセーバーをオンラインソフトで作ってみたのですが、圧縮しても1メガ近くあり、アップロードをためらっています。ディスク容量はまだ余裕があるのですが、もし好評なら、ベルマーレとかスタジアムとかもアップすることになるでしょうから、ぼちぼち容量もきつくなってきます。というわけで、セカンドプロバイダとの契約も検討しています。とりあえず周囲の友人に出来映えをチェックしてもらおうと思っています。

(1999.12.12)

貴公子談義

またまた気になったことその1。ちょっと前に職場のバレーボール部の飲み会があったのですが、まあバレー部ということもあるせいかラファエル・パスカル(スペインのバレーボールチームのエースでイベリアの貴公子とか呼ばれている。スペインのサッカー選手で対抗できそうなのはビルバオのフレン・ゲレーロくらいか…)とデビッド・ベッカムでは圧倒的に前者の方が知名度が高かったです。ふーん、やっぱそういうもんかなって思ってしまいました。でも全日本の戦いぶりと会場の様子については誰もが同じ印象を抱いていたようですが…。

(1999.12.06)

20TH ANNIVERSARY

実はひそかに今年もトヨタカップに行ってきました。アップ中のベッカムを見て久しぶりに「本物だぁ」と感激してしまいました。しかし、マンチェスターUTDは過密日程に嫌気が差しているのか無理は決してせず、ベッカムとともにやや期待はずれでした。やっぱこっちから真剣勝負の場であるヨーロッパに再び出向いていかなければならないのでしょうか。しゃあない、行くかとか考えています。ベッカムの写真はたくさん撮ったので出来のいいのがあったら壁紙用にアップしますので乞うご期待。この試合でパルメイラスの10番がブラジルの五輪代表のMFということで注目していました。なかなか危険な選手なのですが、シドニーで対戦するかもという視点で見ていた人が少なかったようなのでちょっと残念でした。五輪で決勝トーナメントを目指すと言うなら、それは角度を変えれば世界に近づくということでもあります。でもやっぱベッカムかっこよかった(^_^;)。

(1999.12.02)

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